有珠山の噴火遺構に行ってきた(前編)

北海道に引っ越して1ヶ月が過ぎ、ようやく落ち着いてきた。暇をもてあましつつ地図帳を眺めていたら、昭和新山の文字を見つけると同時に、昔の記憶が蘇ってきた。


小学生の頃、"〜の仕組み"系の教育漫画が好きだったんだけど、"地震の仕組み"の昭和新山の項目が印象的だった。今まで畑だった所が隆起して山になってしまうのだ。鍬を担いだ農民が隆起した畑を眺める描写があったが、あの日常の中の非日常が印象的だった。あれは見てみたい。



札幌から国道230号線で約2時間半で洞爺湖到着。この洞爺湖の淵に昭和新山がある。写真奥の中央に小さく写っている山がそれ。で、実はこの洞爺湖自体も、火山によってできたクレーターらしい。でかい。



これが昭和新山。緑色の森の中に、赤い塊が異様に目立つ。畑がこんなふうになれば、そりゃあ驚くだろうなぁ。



この写真の銅像は、三松さんといって、隆起する昭和新山の詳細な観測を行った人。専門家ではなく近くの郵便局長。当時は戦時下で噴火も公表されず、公的な調査ができなかったらしいから、貴重な観測だ。ましてや、新しい火山の誕生なんて場面は、めったに遭遇できないだろう。


さて、実は今回のメイン、昭和新山ではない。2000年に洞爺湖温泉のすぐ近くで起こった有珠山の噴火現場が今回の目的だ。


2000年の噴火は、予知と住民の避難に成功した事例で、記憶にある人も多いかもしれない。そして、この周辺は被害を受けた建物や道路が保存されている。…多分、廃墟などに何かしら惹かれる人には、おすすめかも。(ヨコハマ買い出し紀行の世界が好きな人も。)


まずは、西山火口散策路に向かった。元国道230号線脇にある駐車場に車を停める。

車を降りてすぐにこの光景が広がる。この道、元国道230号線なんだけど、進む先は池。ヨコハマのあの光景そっくりだと、ちょっと一人で感動する。真面目に解説すると、火山活動で土地の隆起が起こり、この場所が窪地になって雨水がたまったらしい。



池の向こうにズーム。国道が波打ってて、所々草が生えている。もし、人類が一夜で居なくなったら、こんな風景となるんだろうか。電柱も当時のままみたい。



反対側。元国道230号線は、今でも手前のカーブの所まで使われている。宿や土産屋やそば屋や住居まで集まっている。皆さんたくましい。



水面上の「止まれ」の標識と、取り残された当時の車。



池の中の電柱。水面の下には、以前の道路があるはず。


元230号線上には水蒸気爆発でクレーターができており、徒歩でも通行はできない。ほぼ平行して町道が走っており(こちらも車両の通行はできない)、そちらに沿う遊歩道を歩く。



遊歩道から振り返って町道を撮影。地面の隆起に伴ってできた断層で、道が寸断されている。大きな径のタイヤを履いたオフロード車かキャタピラ車かじゃないと通行できなさそう。



町道の電柱と速度標識。奥が遊歩道で、それと電柱の間が町道。草が生えてるのは、火山の噴出物が積もったり、雨で土壌が流入したためだろうか。



多分、水蒸気爆発のクレーター。町道は、ここを走っていたらしい。奥に見えるのが、被災したお菓子工場。



工場の近景。地面の隆起具合が違うようで、建物が波打っている。



工場近くの町並み。奥の家は、結構新しそう。手前左側には隆起した道路が見える。



放置された自動車。ボンネットや屋根が凹んでいたが、落ちてきた噴石の影響だろうか。



取り残された重機。地面の隆起の影響で破損した水道管を修理していたところ、噴火が始まってしまい、慌てて置いて来たものらしい。



ちょっと奥に見える国道。


後編に続く・・・